2011年02月28日
【火山】霧島連山・新燃岳火山噴火災害(都城市)8-1

2011年2月28日
現場には現場時間がある!
思い起こせば20年前…平成3年(1991)正村が23歳で雲仙普賢岳火山噴火災害の地、島原で災害ボランティアに初めて参加しました。
何をすればいいのか?地元の人たちとの意識的ズレを感じ、時には論争となり問題行動を起こす事態に発展した事もありました。
平成7年(1995)、阪神淡路大震災、参加する学生が一週間フルタイムで活動に参加する、体力の限界を感じ振り返っても神戸の町は震災直後と何も変わらない…自身の無力さを(^^;
「燃え尽き症候群」という言葉が囁かれた。
彼らに雲仙普賢岳火山噴火災害を経験した正村には懐かしさを感じました(笑)
懐かしさを感じられるには現場での急激なズレに悩み、その後に自問自答する時間があったからです。
今回も同じ感覚を肌で感じました。
霧島連山・新燃岳火山噴火災害の現場、都城市にて半日だけでしたが、2月27日災害ボランティアに参加させて戴きました。
「爆音と共に差別なく降灰した」
新燃岳火山噴火の火山灰が都城市内に降り積もり、災害ボランティアが結成されました。
都城市社会福祉協議会にセンターが置かれた直後に指示が出された。
「先ずは社協職員が現場で作業に当たれ」
災害が発生してセンターが立ち上がるとセンター内ボランティアと現場ボランティアに意識のズレが生じる。
社協職員が現場作業に従事した事で、その後の対応に大きな功績を残した。
センターでニーズ(要望)の連絡が入る、切実で悲痛な叫びが被災者から伝えられる…担当する窓口は何度か現場作業に従事している。社協の通常業務の合間にニーズを挙げた家に現場調査に向かう、自身も当初現場作業に従事したことで現場を見れば状況が把握できるようになった。
「前のあの現場がああだったから、ここはこうかな?」
現場に出向き要望者から作業範囲を伺うと、屋根上の除灰や庭から続く畑など範囲が拡がる。
屋根上の除灰作業は危険を伴う、今回の噴火災害一ヶ月で30人以上がケガをして8人が重体だとの事です。
危険を伴う作業をボランティアにお願い出来ない…増える、今後はメンタルな部分も必要だと模索している。
しかし、この一ヶ月間で得た経験と共に歩む仲間を得た…
同じ時間を共有出来る仲間の存在があればこそである。
都城市社会福祉協議会に設置されている「都城市災害救援ボランティアセンター」では必ず前もっての登録を行なっています。
関西からネット上で新燃岳火山噴火災害の様子を見てきましたが、都城の現場には都城の時間が着実に刻まれている印象をもちました。
文責
災害OUT・SIED
正村圭史郎
saigaioutside@yahoo.co.jp
Posted by すきまかぜ編集部 at 20:22│Comments(0)